「運命は時に気紛れで、時に残酷だ」そんな運命の悪戯（いたずら）に翻弄された1頭の外国産馬がいた。走ったレースは僅か10戦。余りにも短過ぎる10戦だけの物語。。本日の名馬烈伝はクロフネ。競馬界の夜明けに、いざ芦毛のクロフネ襲来！

クロフネは謂わゆる外国産馬だ。当時アメリカで研修を受けていた吉田俊介（現サンデーレーシング代表）は初めてセールでクロフネを見た時から、大物感や落ち着いた風格を感じていたと言う。こうしてノーザンファームに送られたクロフネ。丁度、翌年の日本ダービーが外国産馬にも解放される予定だった為、オーナーの金子は「解放初年度のダービーを勝って欲しい」と期待を込めて『クロフネ』と名付けた。アメリカから日本に来航したペリー率いる『黒船』に重ね合わせたなんとも粋な命名だ。偶然、日本に縁があったのもまた”運命”だった。

新馬戦こそクビ差で敗れるも、2戦目はほぼ持ったままでレコード勝利を飾る。続くエリカ賞でも2着に3.1/2差をつけ、軽々と2戦連続のレコードを叩き出した。陣営はダービー制覇に期待を膨らませた。
そして4戦目、初重賞となったG3ラジオたんぱ杯3歳Sでは思わぬ壁が立ちはだかる。後の皐月賞馬、”音速の貴公子”アグネスタキオン、そして後のダービー馬ジャングルポケットの3着に敗れ去る。アグネスタキオンのタイムは同コース、エリカ賞でクロフネが出したレコードを0.4秒も上回っていた。上には上がいる。クロフネ陣営は初めて挫折を味わった。

翌年G3毎日杯。五分のスタートから終始2番手につけたクロフネは最後の直線、追い出されると後続にみるみる差をつけて行く。終わってみれば5馬身差でゴールを駆け抜けた。1:58.6の強烈なタイムを叩き出し、いざG1、NHKマイルCへ。白き”黒船”の反撃の狼煙（のろし）は上がった。

そしてG1、NHKマイルＣ。単勝は1.2倍。スタート直後、行き脚がつかず16番手からのレースとなってしまう。先行馬のクロフネにとっては最悪の展開だった。そのまま淡々とレースは流れ向かえた直線、誰もが13番人気グラスエイコウオーの逃げ切りを確信した瞬間、残り200mで鞍上武豊の鞭が唸った。『クロフネが来た！クロフネが来た！！』そしてそのまま差し切り、初のG1戴冠を果たしたのであった。クロフネは差しても強かった。

その後、変則2冠を狙いダービーに直行。道中またしても後方から進めたクロフネだったが直線伸びあぐね、府中巧者ジャングルポケットの5着と完敗してしまった。陣営は仕上げの調整不足の失敗を敗因に挙げた。そしてここからクロフネの”運命”が大きく激動していく。

秋緒戦、G1天皇賞秋に狙いを定めた陣営は、叩き台にG2神戸新聞杯を選択。これを0.1秒差の3着とし、着々と準備は整いつつあった。天皇賞秋の外国産馬枠は2枠。直前までメイショウドトウとクロフネで決まったかと思われたが、急遽参戦を決めた優先権を持つアグネスデジタルによりクロフネは除外を余儀なくされる。

そしてなんと陣営は、同じ週の土曜日のダートG3武蔵野Ｓに登録する。この選択にファンも関係者も驚きを隠せなかった。芝からダートへ。これがクロフネ最大の”運命”の転機だった。

そしてG3武蔵野S。ゲートを出たクロフネは中団に待機。そして捲り気味に最後の直線を向かえたクロフネは3馬身、4馬身と後続馬を突き放して行く。終わって見ればなんと9馬身差の完勝。勝ちタイムは驚愕の1:33.3のレコード。これまでのレコードを1秒2も縮める芝のマイル並みの驚異的な走破タイムだった。しかも2着のイーグルカフェは後のダートG1馬だ。決して弱くは無い相手に完璧なパフォーマンスを見せたのであった。

そして勢いのままダートG1ジャパンカップダートへ。後方から脚を溜め徐々に進出したクロフネは最終コーナーですでに先頭に立ち、後続との差をグングン離して行く。もはやその走りは別次元だった。前年覇者ウイングアローを全く寄せ付けず、そのまま7馬身差で突き抜けた。『クロフネ！！強すぎる、強すぎる！！』前年にウイングアローが出したレコードを1秒3も更新する驚愕のスーパーレコードだった。

そしてこの後、ドバイWCを目標に調整されていたが、屈腱炎を発症し引退を余儀なくされる。またしても運命に翻弄された、短過ぎる競走馬生活だった。

生涯成績（6.1.2.1）

クロフネ。。数奇な運命によって二転三転した彼の生涯。芝、ダート両G1の制覇という離れ業（わざ）をやってのけた競馬センス。そして4度のレコードを叩き出した類い稀な競争能力。そして、今は種牡馬として新たな道を切り開いている。そのどれもが彼を彩る”運命”なのだ。

大海原に 船一隻

運命（さだめ)に抗い 舵を切れ

朧月夜に 白き”黒船”

～完～