日曜日の友人のブログで、太宰治の「晩年」の「列車」について、
私=太宰=汐田 妻=小山初代=テツさん
という見解が述べられていました。(めずらしいものかどうかはよくわかりません)
なかには、「この作品からは、いかに妻を愛していたかというのが読み取れる」という感想を持つ人もいるようです。
その友人は、逆に、「既にもうお荷物でした」ということがいいたいのだと解釈し
ラストの「たどたどしい智識でもって、FOR A-O-MO-RI とひくく読んでいたのである」も、
いとおしく思った のではなく 諦めの心情 ととっています
なるほど それもありかもね と感じました。(そうだね! とまでは思いませんが)
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